嘔吐くような気持ち悪さの話
置いていかれる気がしていた春
いつもご覧いただきありがとうございます。あおです。
Substackで記事を書くにあたり、
今の自分と向き合ってみたり、
過去を振り返ってみたり、
感情の赴くままに書いてきました。
これが、17個目の記事となります。
基本的に嫌な感情について触れていて、
もっと楽しいこと書きたいなと思いながらも、
やっぱり浮かんでくるのは陰が多いわけです。
いまは適応障害を拗らせ療養中(退職中)なので、
そういう気持ちになることが多いのですが、
悶々としていた瞬間って他にもあったなと思い、
今回はそのエピソードについて書いてみようと思います。
嘔吐くような気持ち悪さの話
高校3年生の時にmixiが流行りました。
大学受験は早めに終わっていたので、
高3の冬には暇つぶしに更新をしていました。
mixiとTwitterと、友達4人で運営してた@peps!。
(@peps! 中学から高校卒業までやってたの懐かしい)
そんな時にmixiで、あるコミュニティを発見します。
僕が入学する大学のコミュニティ。
【○○年入学の○○学部】
【○○年入学の○○部、サークル】
すごく細分化されたコミュニティ。
覗いてみると、
「すでにグループができている?」
そんな絶妙に嫌な気持ちになりました。
高3の僕は、
今よりも陽キャ属性があったので、
急がなきゃみたいな気持ちでコミュニティへ参加しました。
まだ受験も終わっていない人が多いので、
ユーザー数はそれほど多くはなかったと思います。
いわゆる推薦組がそこには固まっていました。
なんとなくやりとりをしていくうちに、
同じ学科の子、数名と交流するようになりました。
同様に入ろうとしていた部活の子とも。
3月になり、高校を卒業。
mixiで交流していた人たちと、
入学式は一緒に行こう、
部活の見学は一緒に行こう。
そんなことも話していました。
そんな時に起きた、東日本大震災。
東北地方の田舎に住んでいた僕は絶望します。
僕の住んでいる地域は比較的被害は少なく、
僕も家族も無事でした。
とはいえ数日間の停電、断水。
日本中がパニックになっていたと思います。
この事実自体が恐ろしいストレスでした。
しかしながら、
僕の心境は変化していきます。
生きていてよかったという安堵は数日で消え、
「僕の大学進学はどうなるんだよ」
と、自分勝手な思考に侵されました。
進学する大学は関東にあったので、
引っ越しの予定が全部ぐっちゃぐちゃになりました。
家具家電は届かない、
新幹線が動かない、
いつ入居できるか分からない。
多くの人がそうだったとは思いますが、
その不透明さに絶望以外の言葉が見当たらない、
そんな気持ちになっていました。
もちろん入学式もなくなります。
大学側の計らいで、
入学式に代わるオリエンテーションを、
2週間くらい実施することになり、
入学生はその期間に来てくださいと連絡がありました。
ここでmixiに戻ります。
2週間開催されるオリエンテーションで、
この日に行こうと、
交流していた人たちとやりとりをします。
その大学はマンモス校なので、
日本全国の生徒がいるはずなのですが、
mixiにいた人たちは関東勢が多く、
日常に戻りつつある人が予定を決めていました。
4月になり、
僕もどうにか上京する目途が立ちます。
でも、
まだまだ東北地方はパニック状態。
親の都合もあり、
約束している日には行けない可能性が出てきました。
仲間外れになる
僕だけ出遅れる
そんなことないはずなのに、
いろんな不安で18歳の僕は悶々としていました。
全く悪くない親にも当たってしまったと思います。
今だったら、
「こんなちっぽけなこと」と感じますが、
18歳の僕は「mixiのコミュニティが全て」と、
そんな気持ち悪い思考があったのだと思います。
あの時のモヤモヤは、
「どうしよう」というやるせなさよりも、
もっと深い、
嘔吐くような気持ち悪さがありました。
最終的には、
僕のわがままで、
なんとか予定していた日までに上京しました。
オリエンテーション当日。
mixiでやりとりをして、数名と合流しました。
(マッチングアプリみたいなことしてますね)
SNS上でつながった人と会うこと自体初めてだったわけです。
とにかく居心地が悪かったのを覚えています。
その人たちは全く悪くないですが、
深く知らない人たちと学内を周る異質さに、
薄い関係値だけでうわべの会話をする社交性に、
18歳の田舎者の僕にはキツ過ぎる時間でした。
結局、
その時一緒にいた人たちとは友達にならなかった。
普通に合わなかったんだと思います。
入学して少し経ったら、
普通に友達はできたし、
何を焦っていたんだと今では思えますが、
当時の僕には重い出来事だったわけです。
結果論ではあるけれど、
こんなどうでもいいことで、
1ヶ月近く悩んで、親にも迷惑をかけたのか。
本当に馬鹿馬鹿しいですね。
地震後の嘔吐くようなモヤモヤと、
SNS経由で対面したときのモヤモヤと、
言葉では表しにくい感情だらけでしたが、
18歳の心には、ただただキツかったことを覚えています。
このエピソードを書いて
オチはないのですが、
この時の気持ち悪さは、
独特だったなと改めて思い返しています。
というか、すごい子供だったなと。
このエピソードを書いていて思ったのは、
僕は昔から、
人間関係の空気にかなり敏感だったんだなということ。
仲間外れになること、
出遅れること、
すでに輪ができていること。
そういうものに、
必要以上に怯えていたんだと思います。
あと、
当時の自分を少しだけ供養できた気もしました。
あの瞬間の僕にとっては、
コミュニティが全てでした。
今なら「そんなことで」と思えるのに、
当時は嘔吐くほど苦しかった。
でも、そういう感覚って、
今のSNS疲れにも少し似ている気がします。
繋がっているのに孤独だったり、
置いていかれる気がしたり。
結局、あの時焦っていたコミュニティは、
人生の全てではなかったわけですから。
大きな災害の中でも、
人は意外と自分のことで精一杯だし、
若い頃の悩みって、
本人には本当に世界の終わりみたいなものだし。
そんなことを考えられるようになったということは、
ちょっとだけでも大人になったのかな。
そんなふうに思い返しています。
(あとがき)
これで年齢がバレますね。あああああああああ。
いぬいあお
「まだ途中のまま」を書いています。
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10代の頃って、今思うとなんであんなことで「世界の終わり」みたいな気になってたんだろう、と振り返ることがよくあります
なんか生きづらくて嫌だったけど、その繊細な時期を経てきたことも何かしら人間形成に必要なことだった……のかも?と思って自分を慰めています
今はもうかなり自由で楽になりました😊
あおさん、初めまして!!
わたしも中学〜高校まで、pepsやモバスペでブログやってました🫣そして震災のときは東北在住、大学受験の後期試験の前日でした、、、(多分同い年ですねwww)
大人になって世界が広がると、当時とはまた違った見方ができますよね🤔
また10年後、いま悩んでることはどんな風に考えられるようになってるのかな〜ってたまに考えたりします、、、!