他人のおにぎり
🍙
僕は昔から、家族以外の人が握ったおにぎりが食べられません。
他人の家で出された麦茶とか、味噌汁とかも、正直苦手です。
これを言うと、驚かれることもあるし、分かると言われることもある。
高校生のころ、お昼にお弁当のおかずを交換している友達がいました。
「唐揚げあげる」
「じゃあ卵焼きちょうだい」
あれが、本当に理解できませんでした。
すごいなって思う。
同時に、僕には絶対無理でした。
というか、見ているだけで少し気持ち悪くなっていた気がします。
(想像しただけで結構厳しいかも)
別に、その人が不潔だとか、嫌いだとか、そういうわけでもありません。
衛生的な根拠があるわけでもない。
ただ、なぜか無理。
だから自分でもよく分かりません。
いや、匂いとか、その家庭の空気みたいなのが苦手なんだろうけど。
あと不思議なのは、これは他人だけの話でもないことです。
母親の作るご飯は普通に食べます。
不味いと思ったこともありません。
でも、高校生のころはお弁当を見られるのが嫌でした。
袋で隠していました。
誰かに見られる前に、さっと出して、さっと食べる。
今思うと、あれもなかなか変。
たぶん僕は、「食べ物」をすごく内側のものとして捉えているのかもしれない。
何を食べているか。
どんなお弁当なのか。
どんな味付けなのか。
そういうものが、その家の空気とか、その人の生活そのものに繋がっている気がしている。
だから、他人の食卓に踏み込むことも、自分の食卓を見せることも、恥ずかしいと思ってしまう。
もちろん、もてなしとしてご飯をいただくことはあります。
それはありがたいし、別の話です。
(苦手なときもあるけど、大人なので無理して食べます笑)
でも、気軽に交換したり、シェアしたりする感覚だけは、今でも分からない。関係性の問題もあるだろうけどね。
食べ物って、なんか、その人の内側にあるものなのかもしれない。実家のご飯を食べながら、そんなことを考えていました。
これは、若干の潔癖の話。でも潔癖の話ではない。
なんていうか、食べ物を通して、その人や家庭の内側に触れることが、僕には少し難しい。その境界が曖昧で、衛生的に気持ち悪いと思ったり、恥ずかしいと思ったり。
好きな人だったら、そんなこと思わないのにな。たぶん、その人のことを知りたいと思っているからかな。
おわり。
(あとがき)
コンビニのおにぎりとか、お店のおにぎりは食べられるんですけどね。友達のお母さんの料理とか、正直ダメですね…。
いぬいあお
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居酒屋のおにぎりも微妙になりますね
ボクの母はお店で常連客におにぎり持たせるサービスをコソコソとしてました 今はお客から「あ、大丈夫です」と断られそうだなあ