迷子のまま、書いている
あおです。
突然ですが、ドラマを見ていて「迷子」って言葉に引っかかりました。
僕は迷子になったことはあっただろうか。ただ単純にそう思いました。
地図は読めるし、方向音痴でもないし、迷子ってそういえば全然経験ないかもって思いました。
けど、記憶を掘り返すと1つだけありました。
たぶん4歳とか5歳のとき、5歳上の姉のバスケの試合を応援しに母親と市の体育館に行った記憶があります。その時、人生で最初の迷子になりました。
体育館はとにかく人が多くて、怯えながら歩いていました。人混みの中で、視界も悪いし、いまどこに向かって歩いているかも分からない、そんな状況でした。
怖くなった僕は、母の背負っていたリュックにしがみ付いて歩くことにしたのです。人の真後ろにいるわけだから、足元さえ見ていればいい、そんな思考だったと思います。
ちょっと進んだあと、母が振り返ります。
「あれ、どうしたの?」
そう声をかけられた僕の目の前には、別の女性がいました。
そうです。僕が必死につかんでいたのは、全く違う人の背中でした。
それでも人は多く、左右の人の流れは止まりません。
けど、僕の時間は止まったような気がしました。それこそドラマの世界のような感じに。
たぶん、そこで僕は泣き出しました。
そこからはほとんど覚えていないのですが、泣いたまま母親と合流したのは何となく覚えています。
これが最初で最後の迷子。
いや、全然違う。
今の僕も迷子かもしれない。物理的な迷子ではないけど、迷っている、彷徨っているという点では、まさしく迷子。
現在地も目的地も分からない。
自分の気持ちやモヤモヤを書きだしてからだいたい1ヶ月が経ちました。だけど、まだ整理はできていないし、自分の現在地も目的地も何も見えていない。
だからまだ形になっていない違和感を言葉にし続けなきゃいけない。そんな風に思っています。
誰かに刺さったらいいな、というよりも、まずは僕自身のために。
迷子になっているのは自分ひとりだとしても、誰かに手を引いてもらってもいいのかな。あるいは、誰かと一緒に迷いながら進んでもいいのかな。って、なんかそんなことも思いました。もちろん、人任せにするわけではないけど。
迷子は一時的なものだけど、諦めは永遠のものになってしまう気がします。だから、迷って迷って、目的地にいつたどり着くかは分からないけど、諦めることだけはしたくない。そう思っています。
まずは、僕の現在地をちゃんと理解して認めてあげよう。今はまだ、それしかできないから。
(あとがき)
ドラマ内の一言からこんな壮大に考えてしまうって、やっぱり考えすぎなのかな。
いぬいあお
「まだ途中のまま」を書いています。
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